13 古くて新しい学習心理学 私はこれまで,社会的相互作用に困難を示 す自閉症スペクトラム障害(autism spectrum disorder: ASD)児を対象とした支援研究を応 用行動分析に基づき行ってきた。そして今は, 人工知能研究室に所属し,応用行動分析のさら なる発展を目指している。本稿では行動分析 学,そして応用行動分析とASD児支援の概要 を踏まえ,応用行動分析と人工知能が協働して 取り組む研究事例を紹介する。 行動分析学 20世紀において最も影響力のある心理学者は 誰か,という問いを聞いて,読者の皆さんは誰 を思い浮かべるだろうか? この問いに答える べく,先行研究では学術雑誌・教科書における 引用数などをもとに,影響力のある心理学者ラ ンキングを作成した1。結果は,フロイトやピア ジェではなく,B. F. スキナーが首位であるこ とを示した。B. F. スキナーは,心理学の一体 系である行動分析学を創始し,現在では理論・ 実験・応用,三つの分野にまたがる学問体系が 形成されている。行動分析学は,「徹底的行動 主義2」という哲学,そして「単一事例研究計 画法3」という方法論によって特徴づけられる。 B. F. スキナーをJ. B. ワトソンと同じ行動主義 者と捉える誤りは多いが4,徹底的行動主義と ワトソンの行動主義は異なる。その立場は「心 的出来事とされるものは分析により全て行動に 関する言明となる5」というものである。つま り,「意識」や「感情」の存在を認めないので はなく,それらを行動の一部として分析する。 それでは,行動分析学では行動をどのような 枠組みで捉えるのだろうか。それは,弁別刺激 (discriminative stimulus: SD)─反応(response:
R)─強化子(reinforcer: SR+/−)からなる,三 項 随 伴 性(three-term contingency) で あ る (図1)。先行する特定の刺激の下で特定の反 応が生起し(刺激性制御: stimulus control), その刺激の下における反応の生起頻度は,反 応に後続する強化子により増減する(強化: reinforcement)。弁別の例を挙げよう。例え ば,Aさんのニコニコしている表情(SD)を見 ると,私が朗らかに「おはよう」と言う挨拶が 生起する(R)。Aさんがご機嫌に「おはよう」 と返事を返してくれているからだろう(SR+)。 一方,Aさんのイライラしている表情を見た場 合には,私の「おはよう」と言う反応は生起し ない。きっとこれまでイライラした表情の時に はAさんが返事してくれなかったからだろう。 これは,私がAさんのニコニコとイライラの 表情を弁別していることを意味する。 応用行動分析と ASD 児支援 上記の三項随伴性の枠組みにおいて,主に ラットやハトを被験体とする動物実験をもと
応用行動分析と人工知能の
協働
日本学術振興会 特別研究員(PD)/筑波大学システム情報系 特別研究員松田壮一郎
(まつだ そういちろう) Profile─松田壮一郎 2015年,慶應義塾大学大学院社会学研究科心理学専攻博士課程修了。博士(心理 学)。慶應義塾大学先導研究センター訪問研究員,Visiting Researcher, Center forAutism Research, Children’s Hospital of Philadelphia を兼任。専門は応用行動分析,自閉症スペクトラム障害。論文 はFacilitating social play for children with PDDs: Effct of paired robotic devices(Frontiers in Psychology)など。
14 に,学習に関する様々な知見が蓄積されていっ た6。そしてそれら理論的・実験的行動分析が もたらした知見を背景に,現実場面における 様々な社会的問題の解決へ取り組む応用行動分 析が発展してきた。現在では組織マネジメント やカウンセリング,果ては地雷の撤去7など, 様々な領域へ貢献している。中でも,最も大き な社会的影響を有するのはASD児への支援だ ろう。応用行動分析を用いたASD児早期発達 支援に掛かる費用への保険適用が,全米50州 のうち45州(執筆時現在,2017年4月)にお いて,州法により定められていることからも明 らかである。 歴史的に大きな影響力を得た実験的事実と しては,米国の応用行動分析家であるO. I. ロ ヴァースらが,無発語のASD児2名に対し,強 化により音声模倣を獲得させた結果をScience 誌上で1966年に発表したこと8,そして1987 年に高密度の早期介入によって,実験群20名 のうち約半数の9名が通常域の知能指数を示し たことが挙げられる9。一方,日本では1960年 代から,梅津耕作先生や小林重雄先生により, ASD児に対する強化を用いた発達支援が普及 されていった。 人工知能との協働 以上のように,応用行動分析は半世紀以上に わたりASD児支援においても発展を続けてい る。しかし,さらなる行動の理解のためには, 応用行動分析家自身が多様な強化子に晒され, 多様な反応を獲得し,そして他の研究者にとっ ての多様な弁別刺激(研究成果)を生み出さな ければならない。その問題解決のためには他分 野との協働が不可欠だろう。そこで私が協働相 手として選択したのが,人工知能研究者であ る。 図 2 (a)モーションキャプチャ・カメラシステム,(b)着衣型心拍変動計測装置,(c)対面行動を計測・拡 張するウェアラブルデバイス,(d)球体コミュニケーションデバイス「COLOLO」
15 古くて新しい学習心理学 応用行動分析の目的である,行動の,①記 述,②予測,③制御10,に対応した人工知能と の関わりを考えると,それぞれ,①センシング 技術,②機械学習,③ロボティクス,の活用が 考えられるかもしれない。特に,①記述につい て,fMRIなどの脳イメージング技術の導入は 心理学の発展に大きく寄与しているが,行動を 計測する行動イメージング技術導入は未だ容易 ではない。しかし近年,個人の社会的行動だけ ではなく,複数人間の社会的相互作用を顕在化 して明示する技術,「ソーシャル・イメージン グ」の確立が目指されている11。以下では,特 に①記述・③制御へ特に焦点を当て,ASD児 における行動の定量的測定とリアルタイム計測 に基づく即時強化に向けた最新の取り組みを紹 介する。 モーションキャプチャ・カメラシステムを用い た相対的距離の計測 療育場面において,セラ ピストとASD児間の対人距離は,どのような 意味を持つだろうか。これまでにもビデオ観察 に基づく,接近や回避の定性的な評価は可能 だったが,定量的な評価が行われることはな かった。そこで我々は療育を行うプレイルーム にモーションキャプチャ・カメラシステムを導 入し,室内におけるヒトの三次元座標をリアル タイムで取得できるようにした。感覚過敏を有 することの多いASD児を対象とするため,学 校場面で用いることの多い紅白帽へ,座標取得 に必要なマーカーを取りつけるなどの工夫を行 なっている(図2a)。これまでには,辻ら12に よりASD児,セラピストそれぞれの三次元座 標データを利用し,接近−回避行動をモデル化 することに成功している。 着衣型 ECG を用いた心電位の計測 ASD児の 感情認知や共同注意などの行動と心拍変動指 標である心拍(Heart Rate: HR)や呼吸性洞性 不整脈(Respiratory Sinus Arrhythmia: RSA) は関係があるといわれる。療育場面における ASD児の心拍変動指標を計測することによっ て,離席などの問題行動を予測できるだろう か。これまでASD児を対象とした研究では, 胸部に湿式電極を貼り付けるため,長期にわた る心電位計測や,知的障害を有するASD幼児 への計測は困難であった。そこで高橋ら13は伸 縮性の導電布をスモッグに縫いつけ,計測機器 も衣服に埋め込み,着るだけで心電位や活動量 を計測できる着衣型デバイスを開発した(図 2b)。このデバイスの利用は,既に生活年齢4 歳から6歳(発達年齢1歳から5歳)のASD児 6名に対して長期的に実施され,心拍変動の計 測に成功している。今後は行動と心拍変動の対 応関係について検討していく。 ウェアラブルデバイスを用いた対面行動の計測 顔と顔を向き合わせる(face to face)行動は アイコンタクトや発話,笑顔に先行して生起す るといわれる。他者とのアイコンタクトを避け る,他者に対して話しかけることや笑いかける ことが少ないASD児は,どれほど対面行動を 自発しているのだろうか。この疑問を解決す るため,蜂須ら14は対面行動を計測し,拡張す るウェアラブルデバイス(図2c)を開発した。 対面行動を,二者の顔がそれぞれの顔正面方向 より±20度以内に位置することと定義し,赤 外線通信モジュールにより対面行動をリアルタ イムで検出する。今後は,デバイスに搭載され た発光モジュールを活用することにより,弁別 刺激,もしくは強化子としての対面行動におけ る光の機能も検討する。 球体コミュニケーションデバイスによる交互 交代遊びの促進 他者との関わりに障害を示 すASD児にとって,他者と遊ぶスキルの獲得 は重要である。しかし,遊びの中で操作される モノ自体を利用して遊び場面の行動を制御する ことはこれまでほとんど行われていない。そ こで,ヌネスら15は球体コミュニケーションデ バ イ ス,「COLOLO」 を 開 発 し た。COLOLO は加速度センサ,制御LSI,微弱無線モジュー ル,モータ,LEDから構成され,基本的に同 一のデバイス一対を用いる。子どもがデバイス Aを転がすと,球体内の加速度センサがその動 きを検知し,相手のデバイスBへ信号を送る。 すると,デバイスBのLEDが光ると共に,内 部のモータが回転し,デバイスBは回転動作を 応用行動分析と人工知能の協働
16 生じる(図2d)。この一連の動作を通じて,交 互交代におけるデバイス操作を即時に光と振動 により強化することが可能になる。COLOLO を利用したASD児6名を対象とした実験では, デバイス操作,及び相手のデバイスへの注視頻 度が増加することが確認されている。 古くて「新しい」応用行動分析に向けて 社会的行動は,1個体(例えばAさん)のみ では成立し得ない。必ず他個体(例えばBさ ん)の行動が弁別刺激となり,強化子となって いる。また,その他個体(B)の行動自体も, その個体(A)の行動によって制御されている のである。つまり,対人相互作用のダイナミク スにおける行動を記述,予測,制御するために は,1個体の行動を計測するだけではなく,複 数個体の行動の計測が必要不可欠なのだ。人工 知能との協働は,1個体のみならず複数個体の 行動計測を可能にする。そして応用行動分析家 は,計測された定量的データをもとに社会的行 動の新たな制御変数を見出していき,さらには 技術自体を新たな制御変数として活用する。こ のような取り組みはまさしく,「新しい」応用 行動分析と言えるのではないだろうか。 文 献
1 Haggbloom, S. j., et al.(2002)The 100 most eminent psychologists of the 20th century. Review of General Psychology, 6 , 139-152.
2 Skinner, B. F.(1974) About behaviorism . New York: Random House, Inc.
3 Sidman, M.(1960) Tactics of scientific research . New York: Basic books.
4 佐藤方哉(1996)認知科学と行動分析学との〈対話〉 は可能か.『哲學』275-299.
5 Mace, C. A (1949) Some implications of analytical behaviourism: The presidental address. Proceedings of the Aristotelian Society, 49, 1-16.
6 Keller, F. S. & Schoenfeld, W. S.(1950) Principles of psychology: A systematic text in the science of behavior . New York: Appleton-Century-Crofts.
7 Poling, A., et al.(2011)Using trained pouched rats to detect land mines: Another victory for operant conditioning. Journal of Applied Behavior Analysis, 44 , 351-355.
8 Lovaas, O. I., et al., (1966) Acquisition of imitative speech by schizophrenic children. Schience, 151, 705-707.
9 Lovaas, O. I.(1987)Behavioral treatment and normal educational and intellectual functioning in young autistic children. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 55 , 3-9.
10 Cooper et al.(2006) Applied behavior analysis (2nd ed). NJ: Pearson.
11 鈴木健嗣(2015)社会的行動のライフログとソー シャル・イメージング.『心理学ワールド』 69 , 25-26.
12 Tsuji, A., et al.(2016)Interpersonal distance and face-to-face behavior during the therapeutic activities for children with ASD. In Computers helping people with special needs (pp.367-374). Springer International Publishing.
13 Takahashi, K., et al.(2016)An ECG monitoring of children with autism spectrum disorders using wearable device. In Computers helping people with special needs (pp.367-374). Springer International Publishing.
14 蜂須拓他(2016)対面行動を拡張するウェアラブル デバイス:赤外線通信による物理的対面の計測.『電 子情報通信学会HCG シンポジウム2016論文集』61-65.
15 Nuñez, E., et al.(2016)An Approach to Facilitate Turn-taking Behavior with Paired Devices for Children with Autism Spectrum Disorder. Proc. of the 25th IEEE international symposium on robot and human interactive communication (RO-MAN 2016). pp.837-842.